1.新型ロケットの開発期間を2分の1にする研究・開発プラットフォーム「P4SD」とは?
– 将来宇宙輸送システム独自の研究・開発プラットフォーム「P4SD」(Platform for Space Development)は、日本で初めてとなる、水素・メタン・酸素の3種類の推進剤を用いた「トリプロペラント方式」の燃焼試験でも活躍していますね。どのような力を発揮しているのか、開発の立場から教えてください。
P4SDは大きく言うと3本の柱のコンセプトになっています。まずは「設計プラットフォーム」と呼ばれてる部分。それから「テストの自動化プラットフォーム(CI/CD)」の部分。3つ目は「シミュレーションプラットフォーム(HILS)」となっています。
昨年12月に実施した北海道での燃焼試験の際は、HILSプラットフォームの部分に集中して取り組みました。HILSプラットフォームは、さらにIoTによるデータ収集と、データのビジュアライゼーションの二つの部分に分かれています。
IoTデータ収集においても、1マイコンで1つのセンサーを操作してあとは無線でやりましょう、というように汎用センサーを利用するというコンセプトがあります。旧来は多くの配線があって、作るのも配線するのもかなりハードな仕事になっていたわけですが、無線ならポンと置いて帰ってこられるようになります。
ビジュアライゼーションにしても、これまでは画面をWebベースにしようといったさまざまなことを考えなくてはならなかったわけですが、今回はAWS上でGrafanaやAWS IoT TwinMakerを利用して、デジタルツイン環境を短い期間で作り上げたところが新しいかなと思っています。
こうしたツールを組み合わせることで、人的コストを削減しつつ、データ収集と平行して要件定義から試験まで2カ月弱とフルスクラッチで作るよりはるかに短期間で達成できています。
– センサーを大樹町の実験施設に設置するといった実地の作業と、開発プラットフォームの開発の部分の両方に関わられているのでしょうか?
燃焼試験の中で、P4SDはどのように効果を発揮していますか?
スタートアップ企業として、やれることはなんでもやる、分担してお互い助け合わないといけない状況ですね。基本的なコンセプトはCOOの野村亮之さんの思想があるんですが、具体的な部分は、当初から私を含めて メンバーで「こうしたらできるよね」と調整しつつ実現してきました。
これまでは試験をやろうとすると非常に多くの配線がもじゃもじゃとあって、それはつまり安全に人が燃焼試験の現場から距離を取ろうと思っても、配線の長さに制約されてしまうということなんですね。IoT化することによって、バルブというエンジンの主要なコンポーネントを無線で操作することができた。私自身は宇宙分野の出身ではなくエンジンの燃焼試験といったことも今回が初めてでしたので、これは他のメンバーから「非常に良かったよ」というコメントをもらって、とても印象的でした。
– ロケット分野が長く、従来の手法に馴染んでいるメンバーからは、最初から無線にするのではなく有線ケーブルと両方を使い、有効性を実感してから無線の方に移行したいといった意見があったりしませんか?
はい、ありました。そこで、冗長性をもたせることを考えました。緊急時にエンジンを停止するという部分は間違いが一切許されないですから、旧来の有線の方式と無線方式とを両方とも取り入れています。
では他の部分も全てそうすればよいかというと、それでは作業時間はこれまでと同じようにかかるわけですから、ロケットを従来の2倍、3倍のスピードで作るということができなくなってしまう。もともとトップの思いとして、昔のしがらみに縛られないところがこの会社の良いところだと思っていますし、思い切ってIoT、無線というところにチャレンジしてみて結果を出すことができたので良かったと思っています。
– 今後はP4SDはどのように発展して力を発揮していくのでしょうか?
コンセプトでは、設計プラットフォームの部分では、研究開発においてエンジニアがいかに工数をかけずに設計をするかというところにフォーカスしています。ポイントは、従来から言われてるとおりデータの扱いをどうするかという部分ですね。
設計者は図面やCADデータといったデータを生産しているという考え方に基づいて、それをいかに統合して使い倒すかということを考えているところです。言葉にすると、製造業ではおそらく誰しもが頭の中でやろうと思っていることなんですが、しがらみがあるとなかなか脱却できない部分でもあります。その点では私たちはしがらみがほぼないスタートアップですから、思い切って工期短縮につながることをしたいと考えています。
CI/CDの部分については、試験結果と設計プラットフォームとを繋ぐ、試験結果のデータ管理やデータをきっかけに自動でコンピューター上で試験が始まるといった、私たちが「パイプライン」呼ぶことを実現しようとしています。これまでは、設計者が図面データを試験の部署にメールで送るといった作業があったわけですが、そうした工数もカットしていくことによって、人間がやると間違えたり忘れたりしがちな作業を短い時間で実現したい。すべては開発期間の短縮に寄与していくものだと思っています。
P4SDは、最初は私と野村さんの2人で考えたペライチくらいのアイディアでした。それがコツコツやってきた中で、ようやく形になったのが今回の燃焼試験でした。まだ生まれたばかりのシステムですが、ロケットの開発期間を半分に、3分の1にするところに寄与ようと本当に何もないところから積み上げて育ててきました。私としては、メンバーが増えて、協力会社さんとも動き出して、「これなら確かに、世の中で誰もやっていない開発プラットフォームができる」という手応えを掴んだところです。それを夢見て頑張っていけそうかなと思っています。
2.ITエンジニア流、バックグラウンドの異なるメンバー同士のコミュニケーション術
– ご自身のバックグラウンドと、ロケット開発の道へ来られたきっかけは?
実は私は大学を卒業してから、大好きな自動車にドハマリしていたり、スクーバダイビングのインストラクターをやっていた期間がかなりあるんです。
さすがに、親に怒られまして、好きな自動車の道に進もうということで、ホンダの研究所に4年ほどいて、そこからトヨタシステムズに15年ほどいました。
自動車メーカーの中で、CADや「部品表(BOM)」などのITシステムを手掛けていたんです。自動車の故障診断機といって、車にパソコンを繋ぐと故障している箇所を示す装置がありますが、そのソフトウェア開発も5年近く経験していますね。
プライベートではもう子供がだいぶ大きくなっていて、子育ても一段落したと思ったころに一緒にやらないかとお声掛けをいただきました。最初は、「将来宇宙輸送システム」とは名前がちょっと怪しいと思ったんですが、話を聞いてみると面白いし、宇宙に触れるチャンスがある。そこでいろいろ考えた結果、思い切って飛び込んでみました。
– 宇宙以外の分野から入ってきて、チーム内での議論の進め方やコミュニケーションの仕方で心がけていることや、うまくコミュニケーションを図るコツなどはありますか?
長くIT職をやっていると、実は技術者や設計者から煙たがられることも多いんですよね。なんというか、斜に構えて、専門用語を並べてと見られている感じることもあります。
一方で、ユーザーになる人たち本音を語ってくれないと、 結局は使いにくい、使われないシステムができてしまいます。IT職にはすごいスーパーマンのような人もいますが、全員がそうでなくてもいい。私はむしろ、ちょっとポンコツで、できるだけ気軽に話せるようなキャラクターであり続けたいなと思っています。
– 非常にスピード感を求められる環境だと思いますが、その中でオンとオフの切り替えを心がけていらっしゃることはありますか?
実は私の自宅は愛知県でして、転職してしばらくは埼玉県の実家から通っていたんですよ。ですから家族とはほとんど会えない状況でした。
今年からは仕事にも慣れたことですし、愛知県からリモートワークをしています。家にいて、仕事が終わったら、家族と会話ができる。やっぱり家族は大事なんだなと実感しています。今は意図的にオンとオフを分けて、ここからは家族の時間だからと区切りをつけようと思っていますね。
– 将来宇宙輸送システムにこれから入ってこられる方には、チームの仲間としてどのような人に来てほしいと思われますか?
まず慢性的な人不足でございますので、来るものは拒まず、です。
ただ、私も専門分野があるといえばありますが、その中でIoTのデバイスを作るといったソフトウェアだけではない仕事を買って出るというようなこともあります。ネットワーク関係も全くプロではないですけど、誰かがネットワークを組まないと仕事にならないので引き受けるとか。ですから、専門分野を持ちつつも、周辺のところにも積極的に関わってもらえるといいですね。
ものごとを実現するためにはどうするかということを私も考えなくてはいけないですし、自分で決断して最後までやり切る、そういう考え方で仕事ができる仲間になってもらえたらいいかなと思いますね。